顕正会の邪説(17)/正本堂は事の戒壇ではない

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顕正会 正本堂は事の戒壇ではない

【邪説の主意】
事の戒壇とは、広宣流布の暁に建立される国立戒壇であり、それまでは、たとえ本門戒壇の大御本尊の御在所であろうとも、義の戒壇である。正本堂を事の戒壇と偽り称するのは、池田に諂(へつら)う細井管長、阿部管長の己義である。

浅井昭衛の邪説発言

(1)「本宗の伝統教義の上からは、広布以前に戒壇の大御本尊まします所を『事の戒壇』とは絶対に云えないのである。(中略)三大秘法抄に定められた条件が整った時に事実の姿として建立される戒壇を『事の戒壇』といい、それ以前に本門戒壇の大御本尊まします所を『義の戒壇』と申し上げるのである」(冨士312号)


(2)「もし大御本尊まします所を直ちに『事の戒壇』といえば、大聖人の御遺命は曖昧模糊(あいまいもこ)になってしまう。(中略)しかるにいま細井管長は、大前提となっている御遺命の事の戒壇をわざと隠し、広布以前の大御本尊の所住を直ちに『事の戒壇』といわれた。これ大事の御遺命を匿(かく)し、日開上人の文意を曲げ、池田の誑惑(おうわく)を助けるための曲会といわねばならない」(冨士250号)


(3)「大聖人様は三大秘法抄と一期弘法付属書に、『戒壇を建立すべき者か。事の戒法と申すは是れなり』と、同じ表現でこう仰せられている。国立戒壇の建立が、そのまま事の戒法になる、ということです。『事の戒法』とは、戒壇の大御本尊の妙用(みょうゆう)により、一国全体が妙法化される、日本が仏国土になるということであります」(顕正新聞  H10.2.5号)


(4)「『国立戒壇建立』がそのまま『事の戒法』になると仰せられている。だからそれ以前は、戒壇の大御本尊ましますといえども義の戒法、事中の義ということです」(冨士354号)

浅井昭衛の邪義・妄説を破す

■事中の事・理

第二十六世・日寛上人は『法華取要抄文段』に、
「本門の戒壇に事あり、理あり。理は謂(いわ)く、義理なり。これ則(すなわ)ち事中の事・理にて、迹門の理戒に同じからず。その名に迷うこと勿(なか)れ。故にまた義の戒壇と名づけんのみ」
と仰せです。
「事中の事・理」、すなわち、根源の事の戒壇を基本として、さらに広布事相上に建つ事の戒壇があることと、義理において根源の事戒に当たる理(義)の戒壇があることを略示され、後者においては迹門理戒にまぎらわしいので「義の戒壇」と名づける旨を明記されています。
つまり本門戒壇の大御本尊ましますところは常に根源として「事の戒壇」「事の戒法」であり、戒壇堂が建立されなければ義の戒法であるという主張は明らかに誤りなのです。

■迹門の理戒に益があるというのか

浅井がことさらに引用する『三大秘法抄』には、
「此(こ)の戒法(事の戒法・事の戒壇)立ちて後、延暦寺の戒壇は迹門の理戒なれば益あるまじ」
と御教示されています。
この御教示から浅井の主張を見ると、「広宣流布の暁を待って、初めて事の戒法が現れる」というのであれば、それ以前は現在においても、延暦寺の迹門戒壇に利益があるということになってしまいます。そんな馬鹿なことがあるはずありません。

■日相上人の御指南

第四十三世・日相上人は『三大秘法の事』に、
「在々処々(ざいざいしょしょ)本尊安置の処(ところ)は義(理)の戒壇なり」
「富士山戒壇の御本尊御在所は事の戒なり」

と明確に御指南されています。
すなわち、寺院や各ご家庭に御本尊安置の所は「義の戒壇」であり、本門戒壇の大御本尊御安置の所は「事の戒壇」であるということです。
浅井の主張はどこまでいっても一知半解であり、血脈相伝に依らぬ者の愚かさそのものです。

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