顕正会資料(4)/四神相応とは

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顕正会 四神相応とは

■本門戒壇建立の地は「四神相応の勝地」

「四神相応」とは陰陽家の説で、古来の中国、日本において「天の四神(青龍・白虎・朱雀・玄武)に応じた最良の土地」として、地勢を選び地体を見る上での、都選定時の「吉相」とされた考え方です。
方位-四神-地勢の関係は次の通りです。
◎東(左)-青龍-流水
◎西(右)-白虎-大道
◎北(後)-玄武-丘陵
◎南(前)-朱雀-泥地

日蓮大聖人は『一期弘法抄』に、
「国主此の法を立てらるれば、富士山に本門寺の戒壇を建立せらるべきなり」
と仰せになり、また『富士一跡門徒存知事』に、
「駿河の国・富士山は広博の地なり、一には扶桑国なり、二には四神相応の勝地なり」
とお示しのとおり、本門戒壇建立の地は「四神相応の勝地」でなければなりません。

■日亨上人の御指南

第五十九世・日亨上人は『富士日興上人詳伝』において、この「四神相応の勝地」を探求され、その結論として以下のとおり述べられています。
「富士山と田子浦を引用することは大にすぎたことと思うから、ここには大石が原中心(大石寺本末の地域)にして四神相応の適否を見よう。まさに四神相応に近からずや。(中略)おのおのその開基時代相地の用意不用意深く味わうべきことで、ことにわれら開山上人・開基檀那南条時光の、遠き未来をかんがみての十二分の御用意に感謝すべきである」
すなわち、大石が原のみ「四神相応の勝地」であり、本門戒壇建立の地なのです。
もとより天母山はこの四神相応の範疇にありません。天母山戒壇建立説は、ただ浅井が固執しているだけの謬論(びゅうろん)なのです。
参考までに、大石が原の方位-四神-地勢の関係は次の通りです。
◎東(左)-青龍-流水-御塔川
◎西(右)-白虎-大道-狩宿に至る道路
◎北(後)-玄武-丘陵-千居原
◎南(前)-朱雀-泥地-下之坊の下の、田尻の湿地帯

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