霊波之光教会の誤りを破す

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新興宗教 霊波之光教会

【創立】昭和32年9月
【創始者】波瀬善雄
【現後継者】波瀬敬詞
【信仰の対象】大宇宙神の分神(教祖)
【教典】御書(波瀬善雄の言行録)

教団の沿革

霊波之光(れいはのひかり)教会は、大宇宙神の分神を自称する波瀬(はせ)善雄が、「霊波による病気治し」を掲げて創設した教団です。
波瀬(はせ)善雄は、大正4年に東京に生まれました。20歳から陸軍に入隊した善雄でしたが、結核や腹膜炎を患い実家に帰りました。しかし実家での療養も功を奏さず、医者からは余命1ヶ月と宣告され、善雄は神仏に救いを求めて四国に渡りました。
善雄は、香川県にある五剣山中の小さな堂で3週間にわたって座禅を行い、そのあと山頂に登って極限状態になってしまったそうです。その時に「なんじ生きよ、なんじ、神の道を行け」というような神の声が聞こえ、たちまちに病気が治ったのだそうです。
その後も10数年にわたって自分の身に奇跡を起こした神を求め、善雄は苦行を重ねながら全国の山々を渡り歩いていました。そうしたところ、昭和29年に五剣山で苦行中に、光(霊波)が体内に吸い込まれるという神秘体験をし、善雄は自ら大宇宙神の分神であることを悟ったのだそうです。
このときに大宇宙神から、神と人間をつなぐ使命を託され、これ以来、身体から治療効果のある霊波を放射するようになったのだと主張しています。
昭和31年、善雄のもとに集まった信者たちによって「霊波之光鑽仰会」が発足し、翌年には「霊波之光教会」と改称して宗教法人の認可を得ました。さらに昭和44年には本部施設を建設し、礼拝堂の正面祭壇には、地球儀に乗った善雄の蔵を安置しました。
昭和59年に善雄が心筋梗塞で死去。その4ヶ月後には長男の敬詞が「霊波継承の儀」を執り行い、第2代に就任しました。ちなみに第3代には、敬詞の長男・敬仁(たかひと)がすでに内定しています。

教義の概要

■信仰の対象

信仰の対象は、「祈り」と書かれた地球儀の上に立つ善雄の偶像です。教団では、善雄を「御守護神様」と称し、大宇宙神の分神・使者として全人類を救うのだと言っています。
信者の家庭には「御神体御札(ごしんたいおふだ)」なるものが神棚に祀(まつ)られています。これは善雄の身体から出る大宇宙神の霊波によって魂入れされたものだそうで、これで教祖や第2代とつながり、大宇宙神からの霊波が送られるなどと主張しています。

■教典と教義

教典は、教祖・善雄の言葉をまとめた『御書』と称するものです。教団によれば、「善雄が、宇宙の真理と人間の生きるべき道を説き、人類の幸せと世界平和を実現するための教えを網羅したもの」というようなものだそうです。
善雄は、「生前の汚れによって迷っている多くの人々の霊魂が、生きている人に病気などの不幸をもたらす」と説いています。したがって、病気などの災難から逃れるためには、死者の霊魂を浄化しなければならないなどと主張しています。
そのために、毎年6月8日の「御聖旅祭(ごせいりょさい)」には、先祖や亡者の浄願祈願を行っています。具体的には、「浄願祈願御札」というものを本部内にある生命橋から聖神之池(せいしんのいけ)に流し、その後、生命橋から「天使閣」に向かって巡拝するという形式です。
またこれ以外の浄願祈願として、信者個々の願いに応じて有料で特別祈願があります。これは本人の霊魂浄化を目的とするもので、祈願札に祈願内容を書き込んで2週間かけて行います。
まず御神酒を全身につけ、次に「生命札」が与えられ、信者はその札に身代わりの意味を込めて病苦を移し、生命橋から聖神之池に流します。この後、2週間分の祈願札が与えられ、信者はそれを家庭の御神体御札のわきに2週間祀って祈るのだそうです。
また信者は、本部での行事に参加するほかに、班単位・組単位で集まって連帯活動をし、病人や怪我人のために祈りを行ったりします。そして集会では体験発表も行われ、治病の報告などもしています。
この他、教団本部では毎日、体験談やそれをドラマ化した「体験シリーズ」と称するビデオを放映し、宣伝活動を行っています。

邪宗教である理由

■神がかり教祖

教祖・善雄は、苦行の果てに神の声を聞いたということになっていますが、これはいわゆる「神がかり」状態です。
精神医学では、この神がかりというものを「憑依妄想(ひょういもうそう)」と呼び、人間の主体性が失われて起こる「精神分裂病の一種」としています。善雄の場合、3週間も座禅を組み、そのあとに山頂に登るなどという苦行で極限状態になって、この憑依妄想になってしまったわけです。
このような精神錯乱・精神分裂の妄想が出発点となっている宗教など、まともに信ずるに値(あたい)しませんし、誰もこれで救われることなどありません。

■安易な「病気治し宗教」

「病気治し」は新興宗教に多く見られる宣伝文句ですが、まさにこの教団も、病気という人の弱みにつけ込んで勢力を拡大しようという邪宗そのものです。
そもそも善雄の病気治しの手法は、当初は密教的な「九字を切る」というようなものであったのが、突如として「光(霊波)が体内に吸い込まれた」などと言いだして、善雄の霊波によって病気を治すというものに変わりました。
病気治しという、教団の中心的儀礼を簡単に、何の脈絡もなく変更するところが実に一貫性がなく、場当たり的です。
しかもこの教団は、特に教義と呼べるほどのものが無く、ただ「御守護神様におすがりすればどんな病気も治る」などと、安直に奇跡信仰を売り物にしています。
物事には、すべからく「原因」があって「結果」が生じます。この当たり前の道理を無視したものが「奇跡」というもので、原因のないところにいきなり結果が生じるという、実に非常識な、子供だましの俗信的発想です。人が正しく生きるためには、当たり前の道理を無視するような、幼稚な信仰は不要です。

■教祖は「ただの人間」

教祖・善雄は当初、神仏に救いを求めて五剣山で座禅を組んでいました。しかし仏教の座禅を組んでいながらその後、神から天啓を受けたなどと言うこと自体、神と仏というものに関する概念の混乱があります。まるっきり素人の迷妄(めいもう)で、この出発点からすでにおかしいのです。
また教団では「大宇宙神」を根本にしているはずなのに、礼拝堂には「地球儀の上に立つ波瀬善雄」が祀られています。
波瀬善雄は、単なる悩み多き一人の人間であり、しかも病気治しを売り物にしている教団の教祖でありながら、善雄自身が心筋梗塞で急死しています。つまり、自分の身の上にすら奇跡の力を示すことのできなかったただの凡人であり、そのような者にすがりついて必死に拝んでも、何の利益(りやく)も無いばかりか、愚かな結果を招くことになります。

■怠慢(たいまん)な神

教団では「神はエネルギーであり、直接人間に働きかけられないため、そこに人間と神をつなぐ媒介者が必要であり、それを通して働く神通力が<霊波>であり、その媒介者が教主・善雄である」などと主張しています。
それでは、教主出現以前には媒介者がいなかったのでしょうか? また教主以前の人類は理罪に苦しんでいたとも言っていますので、それまで大宇宙神は人類を救おうとしなかったことになり、実に怠慢で無慈悲な神様であると言えます。このような神様が、果たして人類の救済など本当にできると思いますか? 望むべくもありません。

■脱臭剤みたいな信仰対象物

信者が各家庭に祀る「御神体御札」。何とこれ、有効期限が1年間です。
これはもう、毎年々々信者に買い換えさせて、お金儲けをしようという発想でしかありません。この御札を通して代々の教主につながるだの、守護神から霊波が送られるだのと偉そうなことを言ってみても、この御神体は結局、脱臭剤やなんかと同じ次元のシロモノということになります。信者を馬鹿にするのもたいがいにすべきでしょう。

■無知蒙昧(むちもうまい)な霊魂説

教団では、「生前の汚れによって迷っている多くの人々の霊魂が、生きている人に病気などの不幸をもたらす」などと説いています。
何度でも書きますが、物事にはすべからく「原因」があって「結果」が生じます。霊魂が生きている人に不幸をもたらすなどというのは、因果をわきまえない俗信・妄説でしかありません。世間の人々の曖昧(あいまい)な死生観・生命観につけ込んで、こういう馬鹿なことを教え込もうとする教祖はたくさんいますが、相手にしないことです。

■「浄願祈願御札」等は単なる演出

信者たちは、先祖の霊魂浄化や特別祈願で、「浄願祈願御札」や「生命札」を教団本部内の生命橋から聖神之池に流します。生命札には氏名が書かれますが、これによって悪因縁を切ったり、低級霊を除霊できるなどと信じられています。
しかしこれは、いわば「流し雛(びな)」みたいなもので、単なる気休めでしかありません。それに教団内の生命橋は昭和44年に造られたものなのですから、それ以前はどうやって悪因縁を切れたのでしょうか?結局、橋から札を流して信者に有り難がらせるだけの、低俗な演出でしかありません。

以上、ごく簡単ではありますが、霊波之光教会の教義についてその邪宗教である理由を述べました。皆さま方におかれましては、このような邪法邪師の邪義に惑わされることがありませんよう、くれぐれもご注意願いたいと思います。

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