霊友会の誤りを破す

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新興宗教 霊友会

【創立】昭和5年7月
【創始者】久保角太郎(創立者・久保恩師)、小谷喜美(初代会長・小谷恩師)
【代表者】第4代会長・大形市太郎
【信仰の対象】仏所護念の本尊(先祖諸霊)
【教典】法華三部経・弥勒経・青経巻『南無妙法蓮華経・朝夕の、おつとめ』等

教団の沿革

霊友会(れいゆうかい)は、久保角太郎が霊媒(れいばい)信仰・法華信仰・先祖供養を混ぜこぜにした新教団を作るために、兄嫁の小谷キミ(喜美)を霊能者に仕立て上げ創立した在家教団です。

■西田利蔵への傾倒

久保角太郎は、兄の知人を介して西田利蔵(西田無学)なる人物の教えを知り、これに強い影響を受けました。この西田なる人物は、仏所護念会(関口嘉一が作った、現在の同名の会とは異なる)という新興宗教を立ち上げた人物です。
西田利蔵は、法華経の経文「平等大慧 教菩薩法 仏所護念」の「仏所」を亡くなった人間の霊がいるところと解釈し、「仏所護念」とは、霊のいる場所を護り、念ずることであり、これこそが「先亡諸精霊供養法」であると主張しました。そしてすべての霊を祀(まつ)り、供養するために「生・院・徳」の三文字を使った戒名を創案し、「祈願唱」なる祈り言葉を作りました。その西田の教えなるものは、
・出家を否定し、在家仏教を主張
・夫婦双方の先祖供養のため、「総戒名」という方式を用いる
・無縁墓地となった墓石を洗い、法名を写し帰って自分の家に祀り、供養する
・『無量義経』訓読(開)、回向唱、『観普賢菩薩行法経』訓読(結)、祈願唱などによる独自の経本を用いて読経・唱題(南無妙法蓮華経)する
というもの。霊友会の教義は、実際にはこの西田利蔵が作り上げた教えを、ほぼそのまま踏襲(とうしゅう)したものです(しかし霊友会では、この事実を特に公表していません)。

■小谷キミと角太郎

小谷キミは、先述の通り久保角太郎の兄嫁にあたります。
大正14年、角太郎の兄・小谷安吉の後妻となったキミでしたが、その後二度にわたり安吉が腰痛を患って立てなくなり、そのたびに角太郎の指示に従って1日に5、6回も水をかぶり法華経による先祖供養を行ったところ、2度とも1週間ほどで安吉が立てるようになったらしいです。
こうしてキミは角太郎の指導のもとで、霊能者としての修行を始めました。
・真冬に1日中、浴衣1枚で生活する
・真夏に布団を首までかけて1日中過ごす
・毎日、数時間の水行(水かぶり)
・21日間の断食
というようなことをしていたそうです。こうしてキミは霊能者に仕立て上げられました。

■教団の変遷

昭和5年7月、久保角太郎と小谷キミは霊友会の発会式を挙行しました。
当初は氷山武敏という人物が会長となりましたが、3ヶ月で辞任したため、キミが後任の会長に就任しました。そしてキミの自宅を本部とし、角太郎は精力的に布教活動を続けるかたわら、女性信者を次々と霊能者に仕立て上げ、次第に勢力を広げていきました。
しかし昭和9年頃から、教団内部でキミの指導に対する反発が起こりはじめ、脱会して新しい教団を設立する者も出はじめた。また戦時中は、当局の新興宗教に対する弾圧から逃れるため、子爵・仙石家の娘を総裁に迎え、さらに教団行事として毎月1日に伊勢神宮への参拝まで行いました。
そして昭和19年11月、角太郎が53歳で死去したことにより、教団運営の全権はキミが握ることとなりました。しかし昭和24年、占領軍の捜索を受け、本部から金塊とコカインが摘発さたり、その翌年、脱税容疑で捜査が入り、麻薬所持でキミが検挙されるなどの事件が連続し、教団は分裂、多くの脱会者を出すこととなりました。さらにキミは昭和28年には赤い羽根募金110万円横領、闇ドル入手、贈賄容疑などで検挙され、霊友会への社会批判が集中しました。
昭和39年、伊豆に「聖地弥勒山(みろくさん)」を建設して弥勒菩薩像を祀(まつ)り、発会から30年以上も経ってから、新しい教典である「弥勒経」を創作して弥勒信仰を取り入れました。
昭和46年2月に小谷キミが死去したのちは、会長・久保継成(つぐなり)が「いんなぁ・とりっぷ」キャンペーンをやって教団の宣伝に努め、昭和50年には「釈迦堂」を完成させました。その後、濱口八重会長を経て大形市太郎が第4代会長に就任し、現在に至っています。

教義の概要

霊友会は仏教系を自称しながら「仏法僧の三宝」を立てないという不可思議な教団で(通常、仏教というものは、小乗教であれ方便大乗教であれ、必ずそれぞれに三宝を立てるものです)、いかにも霊能から出発した教団といった風情です。
本部には釈尊像を、伊豆の研修所には弥勒菩薩像を祀りながら、三宝を立てず、仏力・法力を信ずることもなく、自力による死者の供養こそ第一義として、新入信者にはまず総戒名という会員各自の祖霊(先祖の霊)を拝むことを教えるのがこの教団です(その後、十界の曼荼羅を授けられ、それを礼拝の対象とします)。
その総戒名ですが、教団では「天地のすべては妙と法の二つから成立している」といい、女性は陰にして妙、男性は陽にして法なのだとして、妙法がそろって初めて諸精霊(しょしょうりょう)に対する真の供養ができるのだと主張しています。
男女ともに分かる限りの先祖の名前を教団本部に提出させ、それを元に「生・院・徳」の文字の入った戒名を本部が付け、それを本部と家庭の両方で祀って供養しています。具体的には、各家庭においては「総戒名」というものを祀ります。霊友会ではこれを「仏所護念の御本尊」と呼んでいます。
これといっしょに先祖の法名を命日ごとに記した「霊鑑(過去帳のようなもの)」を仏壇に祀るわけですが、その法名も霊友会特有の、
○生院法○○徳善士(男性の場合)
○生院妙○○徳善女(女性の場合)
というものです(しかし前述の通り、本部の釈迦殿には釈迦像が、伊豆の弥勒山には弥勒菩薩像が祀られています)。
この総戒名と霊鑑の前に、コップに入れた水・線香・ロウソク、花・お供え物を置きます。そして、白地の片タスキ(前に「南無妙法蓮華経 霊友会本部」、後ろに「南無妙法蓮華経 教菩薩法仏所護念分別広説仏正」と書かれている)をかけて、朝夕30分くらいのお経と題目を唱えます。
お経は「青経巻」と呼ばれる経本『南無妙法蓮華経・朝夕の、おつとめ』を使います。これは「無量義経(むりょうぎきょう)」「法華経」「観普賢菩薩行法教(かんふげんぼさつぎょうぼうきょう)」の法華三部経(霊友会では一部経と呼んでいる)から勝手に抜粋した経文に、先祖供養のための「回向唱」、さらに「祈願唱」なるものを加えたものです。
活動としては、本部で毎月行われる「在家のつどい」やら「夕べのつどい」に参加したり、体験談を語り合う「法座」、さらには弥勒山での大祭、セミナーやら身延七面山恩師御宝塔参拝登山修行にも参加します。 特に「おみちびき」と呼ばれる布教活動は、最大の功徳(くどく)をもたらす修行と位置づけられています。

邪宗教である理由

■「仏所護念」に関するデタラメな解釈

霊友会は先述の通り、西田利蔵が主張した「仏所護念」の意義付けをそのまま踏襲しています。まず、この意義付けからしてデタラメです。
「教菩薩法 仏所護念」は、訓読すると
「菩薩を教うる法にして、仏の護念したまう所なり」
となりますが、この「仏所護念」について天台大師が『法華文句』に、
「仏所護念とは、無量義処(むりょうぎしょ)は是(これ)仏の証得(しょうとく)したまう所なり。是(こ)の故に如来(にょらい)の護念したまう所なり」
と釈されているとおり、「仏所護念」とは「正覚(しょうかく)の仏(釈尊)が護(まも)り念じてこられたところの法(法華経のこと)」というのが正しい意味です。法華経の見宝塔品を見ると、
「釈迦牟尼世尊、能(よ)く平等大慧・教菩薩法・仏所護念の妙法華経を以(もっ)て大衆の為に説きたもう。」
とあります。これは「釈尊の説法はすべて真実である」と証明した多宝如来の言葉ですが、その意味は、「菩薩やあらゆる人々を平等に救うべき真実の法を、仏は長い間護り念じてきた。その護念してきた妙法を、釈尊は時来たって大衆に説くのである」ということです。
ところが西田利蔵は、「仏の護念したもう所の妙法」と読むべきを「仏の所を護念する」と読んでしまい、しかも仏を「先祖の霊のこと」と解釈するという信じがたい愚迷を犯しました。
このように西田は、「死んだ人の霊がいる所を護り、念ずること」というデタラメ勝手な解釈をして、独自の先祖供養法の根拠として主張したわけです。霊友会の教義はこうした誤った解釈を元としているゆえに、法華経を信奉しているようなフリをしながら、実は法華経の意(こころ)を殺すものです。
しかも霊友会は、「仏所護念」に関する西田のデタラメ解釈をはじめ、あらゆる西田流教義をほぼそのまま霊友会の教義として流用していながら、その事実を公表していません。霊友会の出版物のどこにも、西田利蔵の名は出てきません。そのことを知られたくないのでしょうか。

■先祖の霊を本尊にする邪法

日本人は、死んだ人を「仏さん」と呼んだりして、死んだ人は仏であるがごとき誤解があります。日本人特有の優しさかもしれませんが、これは誤りです。
先祖といっても、今生きている私たちと同じ凡夫衆生(ぼんぷしゅじょう)であり、死んだからといって「正しい悟りを得て仏になる」わけではありません。したがって、死者の霊が子孫を守ったり苦悩から救うなどということはできません。その先祖を本尊に仕立て上げて祀(まつ)って祈願や礼拝の対象とすることは、仏法上、大きな誤りなのです。
これも日本人の多くが誤解しているかもしれませんが、仏教は「死んだ後も、個々人の我(が)が霊魂として永遠不滅に存続する」というような説を「常見(じょうけん)」と呼び、これを否定しています。これは内道(仏教のこと)ではなく、外道見(げどうけん)なのです。訳の分からない霊能者やら邪宗の坊さんやらが、テレビ等で好き勝手なことを言ったりしてますが、あれは実は仏教とは何の関係もありません。
そして法華経ではもちろん、先祖の霊を祀って本尊にしろなどとはどこにも書かれていません。西田無学から受けついだ、霊友会の邪説です。
しかも、各家庭では先祖の霊を祀らせながら、本部の釈迦殿には釈迦像が、伊豆の弥勒山には弥勒菩薩像が祀られている有り様で、この教団が何をしたいのか分かりません。
要するに死者の供養が第一義で、拝む対象など意味をなさないというのがこの教団の特色でありますが、宗教としての根本が欠落しています。
ちなみに、この教団から派生した教団に「霊法会」というものがありますが、ここなどは「自分たちは宗教ではない」などと称し、やはり霊友会流の先祖供養のみを第一義と立て、家の宗教はそのままでよいと言って勧誘していたりします。仏教だか神道だか分からない意味不明の祭壇を祀り先祖供養をさせるという、ここもまた珍妙な教団です。

■生・徳・院

霊友会では総戒名を祀らせていますが、教団が信奉しているはずの法華経には、どこにも「生・徳・院の文字を使った戒名を付け、それを拝め」などとは説かれていません。言うまでもありませんが、霊友会の勝手な創作です。
仏教にしたがっているフリをしながら、実は勝手に教義をでっち上げて似ても似つかないものになるのは、この教団に限らず新興宗教の常であります。

■日蓮大聖人の「南無妙法蓮華経」を盗む

「青経巻」と呼ばれる経本の表紙には、大きく「南無妙法蓮華経」と書かれています。
しかしこの五字・七字は、釈尊(お釈迦様)の法華経の文上にはいっさい説かれていません。末法(まっぽう)の時代に至って、日蓮大聖人が初めて説きいだされた本門三大秘法であります。したがって、釈尊の法華経を依経(えきょう=よりどころの教典)とする霊友会には何の関係もありません。
この題目は本門三大秘法の「本門の本尊(弘安2年10月12日御図顕の本門戒壇の大御本尊)」に具足する「本門の題目」であります。したがって、日蓮大聖人が顕(あらわ)された本門の本尊に向かい奉り唱えるところの題目です。
日蓮大聖人は、
「あひかまへて御信心を出だし此の御本尊に祈念せしめ給へ」(『経王殿御返事』)
「日蓮等の類の弘通(ぐづう)する題目は(中略)所謂(いわゆる)日蓮建立の御本尊、南無妙法蓮華経是(これ)なり」(『御講聞書』)
等と御教示であり、霊友会のごとく先祖の戒名などに対して唱えるのは、日蓮大聖人の聖意(しょうい)に背く邪法となります。先祖供養どころか、自身に大きな罪業を積むことになってしまうのです。

以上、ごく簡単ではありますが、霊友会の教義についてその邪宗教である理由を述べました。皆さま方におかれましては、このような邪法邪師の邪義に惑わされることがありませんよう、くれぐれもご注意願いたいと思います。

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